岡本喜八

Finyl2005-02-20


岡本喜八監督が亡くなった。加減が悪いという事はなんとなく聞いてたけど、ぽっかり穴が開いたようだ。僕が昔の邦画を好きになったのは、ゴジラと黒澤と小津と喜八のおかげだ。ウルトラシリーズゴジラで育った僕が、怪獣ものの俳優が出てるという興味で見出した、東宝映画。結果的に60年代の東宝映画にはまったのは、やはり喜八アクション映画のおかげだ。 まだ少し気持ちが混乱しているので、喜八監督の業績などは、後日。
セレクト仲間で、喜八組(美術)でいらっしゃった、もぞさんが、ボードで僕のカキコに付けてくれたレスを、引用します(事後承諾ですみません)

昨年7月 山田風太郎原作の「幻灯辻馬車」を準備されているときに、嚥下する際 痛みを伴うとのことで検査を受けられて、食道癌との告知を受け 放射線療法などを経られ、ご自宅にて闘病されておられました。。亡くなる直前まで意識はしっかりとされていて、
12時頃たばこを久しぶりに吸われて、御家族の方に「お世話になりました」と丁寧に挨拶をされたそうです。
自ら「オリンピック監督だから 4年に一度しか映画は撮れないんだ」とおっしゃっておられたんですが、やはりもう一本撮りたいというお気持ちが強かっただけに無念が残ります。

http://www.sanspo.com/geino/top/gt200502/gt2005022001.html