#9ブリトウズ落ち穂拾い

■Grievous Angel:Gram Parsons
72年に「Last Of Red Hot Burritos」でもって解散するブリトウズですが、74年の「Flying Again」(Columbia)で再結成。オリジナル・メンバーはクリス・エスリッジのみの全く別バンドという印象ですが、元バーズ〜NRPSのスキップ・バッティン(g,b,vo)、元LAゲッタウェイのジョエル・スコット・ヒル(vo)、元スワンプウォーターのギブ・ギルボー(vo,fdl)、元バーズのジーン・パーソンズ(g,b,vo)らというラインナップで、すでにオリジナリティは失われてる感じ。Columbiaで2枚出した後、Curbそして伊Apaloosa、Relixからアルバムを出し、現在もメンバーを変えて活動中とか。

さて、グラム・パーソンズはFBB脱退後の73年に「GP」(Reprise)をリリース。そこで見出したエミルー・ハリス(vo)とは公私とも重要なパートナーになりましたが、73年9月ドラッグのオーヴァードースで死亡。その場所はLAから130マイル離れたジョシュア・トゥリーと呼ばれる砂漠地帯でした。死後リリースされた「Grievous Angel」('74)は、個人的にグラムとの出会いの作品。知ったのはクリックフォックス社から出てた「これが最高」でしたが、82年頃カットアウトを入手。ジェームズ・バートン(g)、ロン・タット(ds)、グレン・ハーディン(p)といった名手たちに交じりバーニー・レドンやリンダ・ロンシュタットも参加。すでにイーグルスは活動を始めていて、レドンは脳裏に常にグラムの存在があったと思われます(「On The Border」の"My Man"はグラムの死後捧げられたナンバーです)。とりわけ"Love Hurts"、"Brass Buttons"などしみじみとしたバラード群に惹かれます。グラムの死後いくつかの音源が発掘されましたが、「GP」リリース後フォールン・エンジェルズを率いてのライヴ音源が82年にSierraから出ています。

Live 1973

Live 1973

エミルー・ハリスはアラバマ出身で、グラムに見出された人です。グラムの死後、傷心の日々に別れを告げカムバックしたのが76年の「Pieces Of Sky」(Reprise)。以後「Elite Hotel」、「Luxury Liner」といった作品を出してますが、個人的にはこの時期のエミルーは全く受け付けません。

エリート・ホテル+2

エリート・ホテル+2

ロッキン・カントリーとか言われてますが、僕にとってはまだまだカントリーです。エミルーのバックはホット・バンドといって「Grievous Angel」のセッションにも参加したヴェテラン(プレスリーのバックバンドでした)中心で、これに元ヘッズ、ハンズ&フィートのアルバート・リー(g)が加わるようになりました。以後もその美貌とよく通る歌声で人気を集めますが、90's髪をブロンドにし、オルタナ・カントリーへと方向転換したのには驚きました。ルーツ・ロック再評価の時期と重なり、初めて好きになりました。


これはグラムの事を歌った有名な歌です。