フリートウッド・マックの50年=4=

シカゴスタイルのブルーズ(ピーター・グリーンのアイドルはもちろんB.B.キング)から始まったマックの歴史はすぐさまコピーだけに飽き足らずオリジナルの音楽になっていきます。全英#1となった”Albatross”は、美しいインストでサント&ジョニーの”Sleep Walk”にインスパイアされたとのこと。

B面は新たに加わったダニー・カーワン作の”Jigsaw Puzzle Blues”というインストの小品。カーワンの参加は3人のgtrという新しい形を生みましたが、それが結果を出すのはBlue Horizonを離れてRepriseに移籍した「Then Play On」です。その間にストーンズのマネージャーだったアンドリュー・ルーグ・オールダムが設立したImmediateに1枚のシングルを残しています。#2まであがった”Man Of The World”というこれまたブルーズっぽくない内省的な美しいメロディ曲をA面に、B面にはスペンサーの趣味のロカビリー路線(ステージでは金ラメのスーツ着てロックンロール・パロディをやってたといいます)をアール・ヴィンス&ザ・ヴァリアンツ名義で出すという変則的なシングルを69年4月にリリース。

また前後しますが69年1月4日閉鎖間近のシカゴのChess Studioでのブルーズメンとのセッションのスタジオ・ライヴは、「Blues Jam At Chess」('69)として2LPでリリース。
Fleetwood Mac In Chicago」などいろんなパッケージでリリースされています。

そしてReprise第1弾となった「Then Play On」('69〜全英6位)は結果的にグリーン在籍最後の1枚になりました。暗く陰鬱な1枚であまり聞く事はありません。マックスウエル・アームフィールドの描くイラストのジャケや、シェイクスピアの「十二夜」のセリフから取られたタイトルなんかはいいのですが。曲によってはスペンサー抜きのものもあり統一感に欠けます。カーワンが書いた”My Dream”のポップな感じはいいのですけど。LP未収録ですが、同時にシングルの”Oh Well"がリリース。この攻撃的なナンバーは最高位2位でした。曲はPart1とPart2に分かれ、Part2は哀愁のリコーダーをフィーチャーしたなんともいえないもの。しいて言えば宗次郎のオカリナ風です。

アメリカでは”Oh Well”よりも先に”Rattlesnake Shake”がシングルカット。マラカスがガラガラヘビ(rattlesnake)を表しています。

結局のところピーター・グリーンは、バンドのブルーズ離れ、宗教感、プレッシャー、ドラッグなど様々な理由から70年にドイツツアー後脱退し、「End Of The Game」と言うソロを出したのち、隠遁生活に入ります。ここまで結成からわずか3年でバンドの音楽性が急速の変化したのは、やはり時代の流れでしょう。