#30ジャニス・ジョップリン

Janis Joplin
第8章は「モンタレー・ポップ・フェスティバルの周辺」という事でジャニス・ジョップリンが取り上げられています。
テキサス出身のジャニスが、チェット・ヘルムスの誘いでシスコへ向かったのが63年の事。一旦テキサスに戻った後66年にvoを探していたビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーに参加し、ロバート・クラムのジャケットのイラストが印象的な「Cheap Thrill」('68)をリリースします。

Cheap Thrills

Cheap Thrills


6月のモンタレー・ポップ・フェスとその記録映画で、シスコのジャニスあり、と強烈に印象付けたと言われています。僕には名演とされる"Ball & Chain"も退屈に聞こえますが…


唯一"Pieces Of My Heart"はカッコいいなあと思います。
68年力量的に差があった、BB&HCを辞め、コズミック・ブルーズ・バンドを結成します。このバンドは初ソロ「I Got Dem Ol' Kozmic Blues Again,Mama」の為に当時エレクトリック・フラッグのハーヴィー・ブルックスが集めてきたスタジオ・ミュージシャンによるバンドで、ホーンの入ったR&Bスタイルです。
Got Dem Ol Kozmic Blues Again Mama (Exp)

Got Dem Ol Kozmic Blues Again Mama (Exp)

70年には後期KBBのブラッド・キャンベル(b)、ジョン・ティル(g)、クラーク・ピアソン(ds)、ケン・ピアソン(org)、リチャード・ベル(p)から成るフル・ティルト・ブギー・バンドを結成。ポール・ロスチャイルドのprodで「Pearl」のレコーディングにかかりますが、完成間際の10月にヘロインのオーヴァードースで死亡。71年に遺作の「Pearl」は完成し大ヒットしています。

Pearl (Exp)

Pearl (Exp)

ここまでの2年半を死に急いだ感はありますが、例によってカリスマ・ロック・スターの死に関する報道には全くうんざりな為、ジャニスとの距離が開いてしまった気もします。

有名な"Me & Bobby McGee"は、元恋人クリス・クリトファソン作。


ジョン&ジョアンナ・ホール作の"Half Moon"

死後いろんな音源が発掘されましたが、82年の「Farewell Song」には、70年夏にポール・バターフィールド・ブルーズ・バンドをバックにした"One Night Stand"が入っています。これがジャニス関係で一番好きな曲だったりして…