フリッパーズ・ギター

Three Cheers for our side ~海へ行くつもりじゃなかった
■Three Cheers For Outside / Flipper's Guitar
レコードショップでかかってるものを「くれっ!」となったことは2度ある。1つがトラッシュ・キャン・シナトラスの1枚目、もう1つがフリッパーズ・ギターの1枚目。どちらもギター・ポップというのが面白い。フリッパーズの1枚目がポリスターから出た89年には、ギター・ポップという言葉はまだなかったはず。ネオアコのブームが完全に終わってしまって、そういう音を無条件に愛してた僕が、今はなき西新宿のウッドストックの店頭で妙なイントネーションのエーゴの歌に耳を傾けたのは当然の成り行きだろう。余談ながら西大島に住んで都営新宿線に乗って毎日曜には猟盤に来てた日々は、激務だった毎日(働き始めた頃だった)の絶好のストレス解消だったのだ。
高校時代の友人Kは吉祥寺の曼荼羅で、ロリポップソニックを名乗っていた5人組のフリッパーズの前身を見たことがあるという。Kの趣向と全く相反するこの5人組を彼は、「スカした感じのファッション」と評してたが、数ヵ月後のメジャーデビュー盤のジャケットに写る5人組のファッションは、ボーダーのカットソーをまとったフレンチなもの。後にコーリアスを名乗る小山田圭吾小沢健二(歌なしの新作が出るそうだ)の二人をフロントにした音楽は限りなく洋楽っぽい。実際歌詞は英詞(仲間のブリッジもデビュー当時は英詞だった)だしご丁寧に対訳もついていた。ボッサ的な"Coffee Milk Crazy"、ニュー・ウェイヴを通過してきた世代という事を感じさせる"Exotic Lollipop"、あまりに激しくそして切ない"Goodbye Pastels Badge"(ハイランドではまだハードレインが降っている、というくだり
*1に大いにシンパシーを抱いたのだった)がいい。
このあとフロントの2人を残して3人が脱退し、小山田=小沢のコンビで"Friends Again"、"恋とマシンガン"にヒットを飛ばすことになる。

*1:言うまでもなくアズテック・カメラのデビュー作「Highland Hard Rain」から