walk#2

High Land Hard Rain
■Walk Out To Winter / Aztec Camera
歌詞の中に実在人物をちりばめてリアリティーを増させる、というのはよくある手法。その人物がロックスターだった場合聞き手との親密度はぐっとアップする。有名どころで思いつくのは、ドン・マクリーンの"American Pie"で、「それはバディー・ホリーが死んだ日だった」というフレーズが出てくる(JFKが、ジョン・レノンが暗殺された日、あなたはどこで何をしてましたか?というアンケートがあった)。シン・リジーの"Do Anything Wanna Do"のラストで、「Elvis is dead,the king of Rock'N'Roll is dead・・・」のモノローグもある。ウィングスの"Rock Show"では、「あのカッコいいギターはジミー・ペイジが持ってるのと同じ」みたいなフレーズもあった(これはなんとなくポールの媚っぽい)し、ボブ・ウエルチ時代のフリートウッド・マックにも「ポール・マッカートニーやエッタ・ジェイムズみたいにファンキーに歌えたら・・・」という一節のある"Silver Heels"という名曲がある。
で、本題。「ジョー・ストラマーのポスターが剥がれ落ちそうだけど、代わって貼るべきものはない」みたいなフレーズが盛り込まれた、アズテック・カメラの"Walk Out To Winter"は、83年のデビュー作「High Land Hard Rain」に収められていた。いわゆるネオアコの代表選手でスコットランドのインディー、ポストカードからデビューして、大手のインディー(と書くのはヘンか)、ラフ・トレードに移籍。この時点でブームとしてのネオアコは起こっていなかったけど、日本では、バーズみたい、とか、青春を感じされるコードカッティング、とか言われて一部で人気があった。バンド形態はとっているが、すべての曲を書き、歌った、ロディー・フレイムこそアズテック・カメラそのもので(ボストンと同じ)、特に手作り感覚のこの1枚目は、本当に素晴らしく、青春の独言みたいなものが当時珍しかったアコギで切り開かれてゆく。フォーキーな70'sのsswと決定的に違ったのは、パンクを消化したあとの独特のスピード感、醒めた視線ともいえるクールな感覚で、あの当時まさに魔法だった。次の「Knife」ではすでにそのマジックは失われてしまった(WEAに移籍、prodにマーク・ノップラーを迎えた)ので、やはり一度きりの青春は貴重なのだ(なんか書いてて恥ずかしい)。かせきさいだあの"冬へと走りだそう"はこの曲へのオマージュ。