アバ

■Best Of Abba

S.O.S.~ベスト・オブ・アバ

S.O.S.~ベスト・オブ・アバ

日本ではヤマハ系のディスコメイトというレーベルから出て、大ブレイクしたアバはスウェーデン出身の4人組。元々はビョルン&ベニーという男性デュオだったけど、これに当時のパートナー、アグネタとフリーダが加わって男女4人のユニットとなる(日本ではビョルン&ベニーは"木枯らしの少女"というヒットがあったそうな)。74年のユーロヴィジョン・ソング・コンテストの優勝曲"Waterloo"が、いきなり#6US(米国ではAtlanticから)と大ヒット。日本でも"恋のウォータールー"という邦題で知られたもの。当時はおそらくは1HWだろうというのが大方の予想だったが、"Honey Honey"、"SOS"、"I Do I Do I Do"といった曲が英米欧でヒット、いつの間にか世界的なポップ・グループとして人気を得た。76年の"Dancing Queen"の#1がおそらくはピーク。英米のポップスにはない、下世話な感じと大衆的なメロディーがバブルガムというキーワードで合致し、好き嫌いは別として無敵のイメージ(セクシーとは思えない、女性陣の露出気味の衣装を含め)。


その後ユーロディスコ路線へと移行、"Voulez-Vous"は、バカみたいに日本でも売れたが、その一方で"Chiquitita"のような大衆的なバラードも売れ、日本でのピークは、70's後半から80's前半にかけて。ファミリーなイメージもあったが、83年に解散。その後楽曲を使ったミュージカルも好評で、ある世代にとっては象徴的なアイコンなんだろうな。もちろんロックではない。そのツアーをおさめた映画「アバ・ザ・ムービー」の監督は、のちに「ギルバート・グレイプ」を撮ったラッセ・ハルストレムで、国内では出世作となったらしい。